人生っていいな

崩れかけた夢だって叶えたいとだけ信じて、あの日泣いた自分にケリをつけろ

縁~初NEWSに会ってきたよ~

お題「NEWS ARENA TOUR 2018 「EPCOTIA」宇宙旅行記」

 

この世には、隣にいても手が届かないこともある。

全く関係のない所から、手を差し伸べられたりする。
それが縁ってやつだね。

 

妖怪アパートの幽雅な日常より

 

 

今思えば、私がNEWSと出会ったことは運命でも必然でも、はたまた偶然でもなく、だったんだ。

 

宇宙旅行から帰ってきて、余韻に浸るような暇もなく過ぎていく日々の中、定期的に読み返す小説の台詞を見てそんなことを思った。私はNEWSを好きになる前はジャニーズから完全に離れていて、ぶっちゃけた話一生関わる予定もなかったから、NEWSとの出会いはまさに「全く関係のないところから差し伸べられた手」だったのである。

では反対に。

私にとって「隣にいてくれたのに手が届かなかった人」は誰だろう?

 

答えは、今回EPCOTIAに一緒に参戦した私の母親だ。

私を産み、食事を与え、育ててくれた彼女は、あの日あの時たしかに私に手を差し伸べてくれていたのかもしれない。

 

…と、こんな序盤で私情だらけの重苦しい話をしたって仕方がないから笑、さっさと楽しい宇宙旅行の話をしようと思う。これも多分結局は重くなるけど、重くなるのは「苦しい」じゃなくて「愛」なので許して欲しい。

思い出すだけでニヤけそうな頬をひっぱたいて、頭ん中の奥の奥に隠れてしまいそうな記憶をちょっと待ちなさいと引き止めて。

不思議な話を、いくつかさせてください。

 

 

 

不思議な話その1:零れた涙とお歌の話

 

前提として、EPCOTIAは私にとって初参戦のアイドルコンサートで、初めてのNEWSと会う場で、オマケに言えば初めての「復活当選」だった。どうやら私の名義はギリギリでいつも生きていたいタイプの名義だったらしく、崖っぷちのポニョ状態で、本来なら行けるはずのなかったコンサートへと赴いたのである。

で、いざ当日。

前に並んでる人が「スタンドだ…」って落ち込んでるのを見ながら、やたらハンサムなお兄さんにピッてしてもらって、渡されたペラペラのチケットを見てみたらあらビックリ。そこにはアリーナの文字が。

 

私「じゅう…れつめ…」

 

元サッカー少女、10という数字に心が踊る(単純)

 

真上に地球のある席で、近くね?近すぎじゃね??と冷静になっていく頭が現実に追いつく前に、5月19日の地球からEPCOTIAライナーは発射した。初めてのアイドルコンサートの開始はあまりにも唐突で、なんかもうちょっと心の準備とか、イントロの時点でめっちゃ泣いちゃうとか、そういうエモい感情の爆発(?)があると思ってたけどそんなことなくて私はポカーンとしていた。その時までは。

 

果たしてNEWSは、モニターの下に宙吊りになって現れた。肉眼でもガッツリ見えたそれは紫の衣装で、「あぁ、私の好きな色だなぁ」と思って心がふわふわしたことを覚えている。

 

私の人生を救ってくれたたった4人の人間が、そこにいる。

そんなことは、全くもって実感出来なかった。なんなら間奏に入って、NEWSがかっこよく歩き出しても出来なかった。こんなはずじゃなかったんだけどな~とは思いつつも、やっぱり楽しくて楽しくて、好きな人たちがキャーキャー言われてるのってこんなに幸せなのかぁとちょっとジーンとしたりしたと思う。あんまり覚えてないけど。

 

けれど、その時は案外すぐにやってきた。

 

応答せよ EPCOTIA 声を聞かせて

絵空事なんかじゃない

 

僕らはここにいる

 

あ……あれ?????

あれれ???

 

私、なんで泣いてるんだ!?!?!?

(A.どう考えても自担のソロパートに感動したからです)

 

その瞬間までは一切湧いてこなかった「目の前にNEWSがいる」という実感が、突然押し寄せてきて、耐えきれなかった分が涙としてボロボロと零れた。幸い肩にタオルをかけていたからそれで拭ったけど、拭っても拭いきれないくらいの量が溢れて止まらなかった。ところで隣の一人参戦っぽい中学生くらいの子、チラチラこっちを見て心配してくれたの気づいてたよ。大丈夫ですごめんなさい、って笑い返せなくてごめんね。その後もチビすぎて背伸びしてる私を気遣って「寄りますか…?」って言ってくれたりして本当に嬉しかったです、ありがとう。優しすぎて実はフォロワーさんなんじゃないかとか思ったっていうのは、特に意味は無いけどこのブログ内だけの秘密にさせてください。

 

話を戻すと、多分、泣いた理由は前述した通り「自担のソロパートに感動したから」だと思う。というかそれ以外に思いつかない。でも、なんで自担のそのパートに感動したかっていうのが、私の中では案外重要だったりする。言ってしまえば、一番のAメロにも自担のソロパートはあったのだから。

 

さて今更だが、私の言う自担とは「小山慶一郎」さんのことだ。掛け持ちしているグループは今のところないので、正真正銘彼が私の好きなアイドルNo.1である。彼を超える者はいないし、彼と並ぶ者さえいない。

しかし、彼は完璧な男でもない。

その証拠に、彼の嫌いなところをあげるのは全くもって不可能だが、欠点をあげるのは案外簡単だったりする。ちょっと昨年の私生活が悪い方に目立ったかなってこと、それを隠しきれずに一部のファンを不安にさせてしまったこと、不本意なことでも本望ですって顔して引き受けちゃうところ……。勿論、それっぽっちの事じゃ彼を嫌いになる理由としては成立しないのだけれど、まぁ言うことは一応可能だ。

そして、彼の欠点としてあげられることの1つに、「歌が得意じゃない」という点がある。

私は歌の上手い人が好きだ。これは恋愛対象の話でもあるが(実際、元彼は歌が上手くて音楽家で、ピアニスト志望ゆえに留学をした)、恐らくアイドルでも同じことで、NEWSが歌を武器にしていなかったらきっと好きにはなっていないのだろうと思う。

それなのに、何故私は歌を最大の武器にしているテゴマスや、最近歌の上達が著しいシゲの担当にならなかったのか。

それこそが、きっと「縁」なのだ。

私は小山さんを好きになった。彼の歌が下手であろうが、今後上手くなろうが、周りになんと言われていようがその事実は変わらない。私は、小山慶一郎が好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

でも本当は、ちょっと悔しかったりもしたんだよ。

 

昨年、たくさんたくさん仕事が来て、ファンも本人も忙しい忙しいと口にしていたシゲ。新しい仕事が発表になる度におめでとう!とお祝いされていたシゲ。歌が上手くなっていってる、ソロパートが増えてる、と喜ばれていたシゲ。

なんで自担は仕事来ると批判されんのに、シゲは批判されないで喜ばれるんだろう?

コヤシゲは親友だから、平等なはずなのに。

なんで?

 

そんな気持ちが、実はあった…らしい。というのも、私自身も無意識なところだったから、それを自覚したのはつい最近なのだ。今考えればシゲ担にもシゲ本人にも土下座させて欲しくなってしまうようなドス黒いものだけど、本当に、本当に、シゲが羨ましかったし悔しかった。だってそれらはシゲの努力の賜物だから、責めることなんて1ミリも出来なかったのだ。こんなに悔しいことってない。シゲはかっこよかった。ダサい私を笑ってほしいくらいだった。

 

でもそんな感情は、EPCOTIAの最中は一切感じなかった。むしろ無だ。歌が上手いとか下手とかを考える必要が、全くもって無いように思えたのである。

 

絵空事なんかじゃない。

声を聞かせて、と言わなくても自信満々に歌い上げる彼が、そこにはいたのだから。

 

小山さんの歌は、確実に上手くなっていた。

 

これからは、胸を張ってこう言えるのだ。

 

 

不思議な話その2:たった1000ミリメートルの銀河が繋いだ話

 

アリーナ席って、何でも手に入ると思ってたけどそうでもなかったらしい。銀テと桜の花びらは欲しい数以上に取れたのに、私のブロックの人は誰一人風船が取れなかった。まあ私のブロックの上には風船が落ちてくるアレは用意されていなかったのだから、当たり前の話ではあるけれど。

しかし、今現在私の手元には風船があるわけで。まぁそれは後で話すことにしようと思うから、その前に銀テの話をさせてほしい。

 

私と母で、取れた銀テの本数は合わせて13本だった(驚愕)(うち1本をまず隣の人にあげる)

でも、2人でそんな数を持っていていいはずもないなと思って、スタンドから降りてきた方に渡すつもりで退場後にちょこんと道の端に立った。興奮冷めやらぬ中母と感想を言い合いながら、銀テを持っていなさそう且つ怖くなさそうな人を探して(笑)、目の前を通った親子が「アリーナなら取れたのかなぁ…」みたいな事を話していたので引き止めた。

 

私「あ、えっと、あの、よかったら銀テどうぞ…」

相手のお母様「え…!?」

 

5秒くらい静止した。お互いに。どことなく微妙な空気が流れて、「アレッ?ヤバイコトイッタカナ?」と私の脳が麻痺し始めた時、

 

娘さん「いいんですか…!?」

 

相手の娘さんが、肩にかけていたタオルで顔を覆った。あの時は確信が持てなかったけど、今なら分かる。小学生くらいの背丈だった彼女は、泣いていたのだ。

お母様も目を潤ませて「お礼できるものがないのですが…」と言ったので、私も母も「そんなお礼なんて!!!」と声を揃えたのだが、私はそんなやり取りもなんだか嬉しくて、

私「あの、よかったらもう1本ずつくらいどうぞ…人も居なくなってきたので…」

と、もう2本差し出した。それでも手元には8本も残るし、別々の友人にあげる4本があれば満足だったから、本当にあげるつもりだったのに、

 

お母様「これだけで嬉しいですから…その銀テはあなたが持っていてください、どうせなら優しい人に持っていて欲しいです」

 

いや、めちゃくちゃ良い人ーーーーーーーー!!!!!!!!(魂の叫び)

 

良い人すぎて思わず「誰が好きなんですか…?」と聞いた(なぜ)ら、お母様は手越担、娘さんは小山担だそうだ。そして不思議なことに、私の母は手越担で、私は小山担だ。これもなのかな、なんて思う。

素敵な親子さん、素敵な思い出をありがとうございました!今度は夏に、同じ空間で同じ景色を見られたらいいな。

 

…と、いうのが19日の話である。これには続きがある。

20日、私はTwitterで出会った友人と共にNEVERLAND展へ行った。その前にグッズを買って、私がお金払うだけ払って商品を受け取らずに帰ろうとしたのを友人と売り子さんに笑われたりして(にゅす恋Dreamイベの小山さん(警察官)のことも笑えないなと思った)、ルンルン気分で会場へ向かった。時間帯的に一部終了直後だったので、動くのは人が空いてからだね~なんて言っていたら、

 

「風船いりますか?」

「すみません、こっち1個空気抜いちゃったんですけど…よければどうぞ」

 

私、友人「……………んえぇっ!?」

 

今度はこっちが驚く番だった。声をかけてくださったのは、今丁度宇宙旅行から帰ってきたばかりのお姉サマー2人組。私が慌てて「今回の公演に入った訳では無いけど風船取れなかった、友人はどの公演にも入っていない」という事を説明すると(友人はフリーズしてた)(絶対聞いてなかったやろ笑)、2人は「ならよかったです!」と笑った。控えめに言って女神かと思った。(召されかけていた友人はすぐ下界に戻ってきた)(その後、私も友人に銀テ2本を贈呈した)

 

 

NEWS担ってね、良い人たちなんやで(結論)

 

 

不思議な話その3:伝えたかったのはただそれだけ

 

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人生初の手作り団扇。参戦前日の夜中に、40分くらいで仕上げたものである。

というのも、私は最初は団扇を作るつもりがなかった。実は私は先端恐怖症で、指差しなんてされたら動けなくなるし、ファンサ大国であるNEWSの地では「手振って」の団扇にも「あなたに向けてのファンサだよ(イケメン)」って指をさされるだろうから、実質団扇なんて作れたもんじゃないのだ。せめて「ありがとう」って団扇を掲げていたいなとは思ったものの、定期考査を参戦の3日後に控えていた馬鹿な私は、5文字も作る余裕がなくて諦めていた。

 

…の、はずなのに夜中にわざわざ起きて作ってしまったのは、アリーナ席になる予感がしたわけでも、神からのお告げを受けたわけでもない。何となくだ。気分ってやつだ。ただ、当日の朝、母に「昨日の物音はそれか…」とボソッと呟かれたので今後はちゃんと昼に作ろうと思う。すまん母よ。

しかし、最初の部分でも言ったように、私は奇跡的にアリーナ席だったわけで。結果、急遽気分で団扇作ってよかった…と思ったのは言うまでもない。

ちなみに、この手作り団扇はずっと抱えていた。小山さんが反対側のステージへ行っても、トロッコで遠くへ行っても、ずっと。初めて作ったし所々空気入ってて汚いけど、彼が少しでも「あぁ、あそこに俺のファンがいる」と思えるならそのためにずっと持っていようと思った。

 

例えばこの声が

届くならば誰でもいい

聞こえますか

 

U R not aloneのサビの前半をファンに歌わせるNEWS。ちなみにトロッコ。その時、事件は起きた(深刻な顔)

テゴシゲは反対側にいて、コヤマスはこちら側にいた。それまで自担運があまりにもなかったので(だいたい目の前に増田さん)ラッキーだったなぁと思う。

…とはいえ、私のブロックからだと完全に増田さんの方が近かったし(やっぱり)、それに加えて決定的だったのが、“増田さんはアリーナ席の方をたくさん見てくれる”ってことだった。もちろんスタンドも見てたけど、一度も振り返る様子のない小山さんとちょいちょい振り返ってくれる増田さんとじゃ全然違くて、私のブロックの人はみんな増田さんの方に身体を向けていた。なんなら、小山さんに近い隣のブロックの人もほとんど増田さんを見ていたと思う。何人かは双眼鏡とかでガッツリ見てた気もする。

 

で、だ。

 

そんな中でも私は、「U R not aloneは絶対に自担を見たい」と思っていたから、心の中で増田さんにめっっっっちゃくちゃ謝りながらも小山さんの後ろ姿を見ていた。決して増田さんを見たくなかったわけじゃない。むしろ何回か振り返っては増田さんの汗に手を合わせたので、あの時の増田さんの力強さは今でも目に焼き付いている。

…まぁでも、何してんねんって感じは我ながらする。小山さんは絶対振り返らない雰囲気なんだから、すぐそこにいる増田さんを落ち着いてずっと見ているべきではあったのかもしれない。でも、小山さんの後ろ姿を見ることがその時は幸せだったのだから。これは仕方ないだろう。だって自担だもん。

 

胸張って さあ叫ぶんだ

全部詰め込んだ この宣誓を

 

くるり

 

 

………ん?!?!(  Д ) ⊙ ⊙

 

 

正直タイミングは曖昧だけど、小山さんはサビの途中で、突然アリーナ席を振り返った。

私の周りはみんな増田さんに夢中で気づいてないけど、彼は確かにその一度だけ、アリーナ席を振り返ったのである(繰り返し言うな)

 

そしてそれは、私の座席の横一列。

前の座席との間に出来た隙間を一直線に結んだ、そのちょうど先だった。

視界を遮るものも何もなくて、まるで一本道ができたみたいだった(メルヘンでごめん)

 

「あなたのファンは、味方はここにいるよ」

「あなたは、決してひとりじゃないんだよ」 

 

伝えたいことは、ただそれだけで。

伝わるわけもないのに、私は心の中で、何度もそう訴えかけた。

 

 

その時だ。

 

 

彼は、ゆっくりと頷いたのだ。

 

遠い座席にいる私の目を見て。

優しく、且つ嬉しそうに目を細めて微笑んでくれた。

 

その時、私のブロックには小山さんを見ている人が一人もいなかった。そりゃそうだ、だって増田さんがたった数メートル先で熱唱してんだから。圧倒的に遠くてこちらを振り返らない小山さんを見る人間なんて、私しかいなかった。

 

 

私は頷き返した。自分への頷きだと、過信かもしれないけどそう思ったから。

 

すると小山さんは、また2度、こちらを見つめながら頷いてくれた。

ふにゃっとした笑顔のまま、手も振ってくれた。団扇には「慶」の文字しか書いていないのにも関わらず、だ。

そのあと彼は歯を見せて笑って、再びスタンド側を向いたのだった。

 

 

 

伝わった。

伝わったよね?

そう思っても、いいんだよね?

 

色々なことを散々言われてきて、小山担は減ってしまったのかもしれない。代わりに、彼は冷たい言葉を聞く機会が増えたかもしれない。

だけどここに、小山慶一郎という人間を見捨てるなんてできない人間がいる。私の他にも、何人も。絶対に。

だからあなたはひとりじゃないんだよ。一生ひとりになんかなれないんだよ。逃げられないんだよ。そういう運命なんだよ、なんだよ。

 

 

(メイクしてよかったね…まさか見られるだなんて思ってもなかったけどホント良かったね…)

 

 

 

 

 

 

…こんな感じで、とりあえず私のEPCOTIAの思い出(曲レポは円盤でたら円盤レポついでにやるかもしれない)を振り返ってみた。満足だ。まあそれ以前に、ここまで読んでくださる方がいるかもわからないけど。笑

 

ただ、あとひとつ、ここに残しておきたい事がある。まだあるのかよ、ってツッコミがきそうだけど耐えてほしい。ここはそういうブログだ(そういうブログ #とは)

 

 

おまけの話:お母さんと私。

 

私は、今回のツアーに母と参戦した。

あんまり母のことを悪く言うつもりはないけれど、私は正直、母のことを反面教師だと思っているし、人間として尊敬出来ないなと常に思っている。これは私の本心で、悪気があるとかないとかじゃない、心の本当の部分だ。

そんな母と私の関係はとても単純で、そして複雑だった。

母が愛していたのは、私の7つ上の兄の方だった。アルバムの数、ビデオの数、日記に出てくる名前の数……どれをとっても私の方が圧倒的に少ないのだ。アルバムなんか1冊分も埋まっていないし、ビデオは無い。兄が積み重ねてきた7年の「母の子供歴」に、私は勝てなかった。当たり前と言えば当たり前だ。だって、私には「愛されるべき才能」が何一つ宿っていなかったのだから。

それでも私は生きた。強い子でいるために、必死になって友達を作って、大人に気に入られる笑顔の形を覚えた。故に家族と食べるシステムの運動会のお弁当にも困らなかったし、授業参観だって寂しくなかった。

育ての親はほとんど親戚のおじさんが担ってくれていた。私の兄へ対する嫉妬心さえも受け入れてくれたから、私は兄のことを心底頼りにできたし、おじさんのことが好きだった。兄も私を愛してくれて、私はあの頃、たしかに「幸せな子供」だったように思う。

 

しかし、人生の転機は必ずやってくる。

一緒にいるところを見たこともなかった両親が、ついに離婚した。母は心を病んで、兄は私につきっきりではいられなくなり、私も母の面倒をみなくてはならなくなった。母のことは当時既に好んでいなくて、泣きついてくる母を慰める夜は、自分の何かを失いそうで死ぬほど怖かったのを覚えている。

結果、母と私の距離は離れた。母の病気は兄が治したようなもので、母はより一層兄に愛を注ぐようになり、反対に私が何をしてもヒステリックに怒鳴りつけるようになった。学校の先生に虐待を疑われたけどそういう訳でもなく、ただ淡々と「違います。関わらないでほしいです、先生には」と答えた日は、自分を殺してしまいそうになった。気遣いが、痛かった。

 

 

「お母さん。私、ジャニーズのNEWSを好きになったんだ」

 

色々省略して(おい)、2017年の年明けすぐ。控えめにチャンカパーナを流しながら、私は母にそう告げた。距離が離れてほとんど話さなくなって以来、なんと8年ぶりのことだった。

さて、母は頭の上に疑問符を500個くらい浮かべて、渾身の「ハァ??」を繰り出した。うん、そりゃそうだろうな、と思った記憶がある。

 

「ほら、イッテQの手越くん。あの子のグループだよ、4人の」

「そんなの分かってるよ。何、あんなのにお金はあげないよ」

「勿論分かってる。自分でやりくりするよ。受験終わったらライブDVD買うから、一緒に見ない?」

「何言ってんの?絶対嫌よ、そんなの見てる暇あるんなら仕事行く」

「そっか。でも気が変わったら教えてね」

「ないよそんなことは」

 

その日以来、母公認ということを盾にして、私は毎日家でチャンカパーナとフルスイングを流した。NEWSの番組も録画して、YouTubeでも夜会とリーダー会とNEWSな2人を繰り返し流して、母の興味をひこうとした。

何でかは、自分でも分からなかった。好きではない母親に、なぜあそこまでしてNEWSを好きになってもらおうとしたのか。なぜ否定されてばかりでも諦めなかったのか。母がアイドルを好きになってくれるだなんて、何を根拠にそう思えたのか。

でも今ならわかる。

私は、母との共通点(これも言ってしまえばだろうか)を作ろうとしていたのだ。

そうすることで、母のことを好きになれるんじゃないかと期待して。

母親を好きになれない子供は、世界一不幸だと。あの時は既に思っていたのかもしれない。

 

結果的に、母は「美しい恋にするよ」でNEWSに落ちた。当初は小山くん小山くん言ってた記憶があるが、今は完全に手越の女、いや手越の母だ。私には言わないような優しい言葉を、母は手越くんに言いまくっている。そう、私は遂に手越くんにも負けたのだ。流石に面白すぎるから、嫉妬も何もあったもんじゃない。むしろ、母が幸せならまぁそれでいっかな、とさえ思う。手越くんに母性本能がはたらいてしまう気持ちは、私も分からないものじゃない。

 

 

 

 

NEWSが繋いでくれた親子の絆は、ボロボロだった。

だけど、私が母の子として生まれてきたことも、その人生の中で「失敗作」と言われたことも、包丁ぶん投げられたことも(笑)、夜中に裸足で逃げたことも(笑)、「NEWSが好き」という共通点ができ、NEWSに関してなら普通に話せるようになったことも……。

 

どれもこれも、なのだ。

 

だからこそ、私は母さんと参戦できてよかったよ。

NEWSに、

「私と母さんを繋ぎとめてくれてありがとう」

って、直接言いに行けてよかった。

 

 

生きててよかったぁ。

本当に、生きててよかったね。母さんも私も。

 

…ってわけで、今度また少し距離が縮まったら、一緒に海でも行こうよ。それぞれ自費でいいからさ。笑

 

 

 

 

 

 

あぁでも、海に行く前に。まずは2人で野外行こうね、母さん!