人生っていいな

崩れかけた夢だって叶えたいとだけ信じて、あの日泣いた自分にケリをつけろ

人を忘れるという事

(今回の記事はNEWS関係ありません)(増田さんお誕生日おめでとう!!)(シゲアキ舞台主演おめでとう!!)(でもごめんなさいNEWS出てきません)(2回目)(自分の気持ちの整理のために書きました)

 

 

 

 

 

 

 

 

今現在、私に必要なものはきっと勇気なのだ。

そう、心の底から思った。

 

 

昨日、父方の祖母が入った老人ホームへ初めて面会に行った。

 

私の両親は離婚していて、今は私と母と兄との3人暮らしだ。

しかし正直、父方関連の方向では、母も兄も全く頼りにならない。母は複雑な事情が関与していて面会出来ないし、兄は面会に行くような素振りも見せない(そのくせに私には行けと言ってくるから厄介だ)のだ。

そして個人的に、父に頼るのも気が引ける。父とはすぐ会える距離に住んでいるものの、幼い頃からお互いに余所余所しい態度だった事もあり、イマイチ頼り方がわからない。祖父は……今どうしているのか、それを考えるだけでも辛いので今回は選択肢にも入れていなかった。

それでも私は、1人でも、会いに行かざるを得なかった。

 

 

おばあちゃんに会ったとき、私は泣かずにいられるだろうか。

 

今までずっと、まるで親のように接し育ててくれたおばあちゃんと、

 

もう私の事を分からないおばあちゃんとでは、

 

何もかもが変わってしまったんじゃないだろうか。

 

今までの全てを、本当はとても恨んでいるのではないのだろうか。

 

おばあちゃんは私を、許してくれないのではないだろうか。

 

 

素直に、出来るだけ素直に自分の思っている事を言葉にしてみると、それらは案外簡単で、小学校で習うような言葉ばかりで構成されてしまった。

会いたいのだ。本当に、会いたいのだ。

けれど、それ以上に怖かった。

変わり果てたおばあちゃん。

拒絶される可能性だって充分にある。

ボタンの留め方、字の書き方と読み方、計算の仕方、蝶々結びのやり方、靴紐の結び方、溶けてしまう棒アイスの上手な食べ方、お手玉の上手なやり方、ボウリングの上手なやり方……全てを教えてくれたのがおばあちゃんだった。

 

離婚してからは中々会えなくなって、ある日突然「おばあちゃん、死ぬかもしれないよ、どうしようか」と言われて。

あの時の私は、何も言えなかった。

 

けれどその日を境に、おばあちゃんは急激に変わってしまった。

 

それより前も、何回か、思い当たる節があったのに。

 

そんな私以外の、一体何に責任があるというのだろうか。

 

紛れもない。私に責任がある。

 

そうして自分を責めてきた今までを、私は信じて疑わなかったし、今も間違っているなんて思っていない。こうなってしまったのは、9割方私の責任なのだ。

 

それでも、実際に昨日会ったおばあちゃんは、私の事を知らなかった。

 

私は高校生の孫だと言ったら、

そうかい、こんなに大きな孫がいたのねぇ。

 

私にはもっと大きな兄がいるんだと言ったら、

もっと大きいの?二人共、元気かい?

 

私達はみんな元気だと言ったら、

そうなの、よかった、知れてよかった。

 

仲が良かったんだと伝えたら、

覚えてなくて、残念だねぇ。可哀想に、ごめんね。

 

私はそこから、喋れなかった。

喋ったら声が震えてしまいそうで、涙が零れてしまいそうで、何も言えなかった。

それでも何度も、おばあちゃんは笑ってくれた。会えて嬉しいって。来てくれてありがとうって。覚えてなくてごめんねって。

元気そうだった。それだけでいいのかもって、思ってしまうくらいだった。

もしかしたら皮肉なことに、私を恨む気持ちさえ、忘れてしまったのかもしれないとも思った。

 

 

おばあちゃん、また、来るね。

 

本当に?嬉しい、嬉しい、また宜しくね、来てね。

 

…うん、来るよ。絶対来るよ、すぐ来るよ、またね、元気でね。

絶対来るよ、約束する。

 

うん、ありがとうね、またね。

 

 

それから職員さんにお礼をして、菓子折を渡して、私は1人で帰った。話してる間は耐えて零れなかった分の涙が、エレベーターの中で1人になった瞬間一滴だけ零れたけど、拭ったら、もうお風呂に入るまで涙は出てこなかった。

 

 

 

人は、忘れられるという事には耐えられないのかもしれない。

昨日会った人、一昨日会った人、ずっと前から知ってる人。

私の世界にはその人達がいるのに、その人達の世界には私はいない。

今までの10年ちょっとの思い出が、相手の中からは無くなってしまった。

こんなに悲しいことってあるだろうか。いやあったとしても、私はそんな悲しいことに出会いたくない。

 

今を大切にしたい。

そう思って生きてきた。そう思わざるを得ない人生を生きてきた。

けれど、悲しいことは必ず起きる。

苦しいこともある。辛いこともある。でも、その度に助けてくれる友達がいる。

おばあちゃんに会いに行く前、久々に死にたいと思った時も、すぐに助けてくれる友達が何人かいた。LINEで、電話で、直接で、辛ければ言えばいい、心配なんだよ、1人で悩んでんじゃねえよ、そう言ってくれる人たちがいた。

 

幸せだなぁ。

 

幸せだ。

 

好きなものがあって、好きな曲があって、好きなことがあって、好きな友達がいる。

 

死にたいくらい悲しいことも、それだけで勇気が湧いてくる。

 

だって私は、幸せだから。

 

幸せな自分になら自信を持てるし、勇気が持てるから。

 

私に必要なものは、勇気以外の何ものでもなかったんだ。

 

 

そんな、何でもない日の夕暮れの下の記録でした。

 

 

みんなも、批判とか後悔とか自虐とかばっかりしてないで、大好きなもの、人、見つけて幸せになれよ!!!!!!!!!